any

ffoodd:

mojitos, chips, and salsa (by rachelchew)

自分の強みを活かして仕事をしている人は、週40時間の業務時間を楽しんでいます。一方、自分の強みを活かせずに仕事をしている人は、週20時間までは元気に働けますが、20時間を超えたあとは、働けば働くほど疲れてしまいます
職場に最高の友人がいない”会社員が仕事に熱意を持って取り組み成果を出せる可能性は、“職場に最高の友人がいる”会社員の12分の1しかありません
chyoro:

「タクシードライバー」に配役されたときは、私はすでにロバート・デニーロやマーティン・スコセッシよりキャリアがあった。私は3歳の頃から仕事をしていたから。その時12歳だったけど、あの頃はもうすでにベテランの気分でいたわ。
 
デニーロはフィルムを回す前に、私を脇に連れて行くの。いつもホテルまで迎えに来ていろんな場所にディナーに連れて行ってくれたわ。最初は基本的に何も言わないで。ただごにょごにょと独り言をいっているだけ。2度目になると、台詞を私と一緒にいうようになるんだけど、これが物凄く退屈。だって私はとっくに台詞を覚えていたし。三度目にもう一度台詞を一緒に合わすんだけど、これが本当に退屈でね。でも4度目の台詞合わせでは、場面の中で突然全く今までとは違うアイデアで台詞から外れていっちゃうの。クレイジーな事をどんどん言って、私に即興でついて来いと頼むのよ。
 
そんな風にオリジナルの脚本から始めて、デニーロが脚本から外れながらもギリギリの線でストーリーをなぞっていくのに私がついて行かなければならなかった。そして最初にやった台詞合わせで覚えた最後の台詞三つ分になんとか彼を引き戻すように場面の流れの隙間を探すのが私の仕事になっちゃったのよ。
 
それは、私にとって神の啓示ほどの大きな発見だったわ。それまでは役者であることは、ただ自然に役を演じて、誰かが書いた台詞を言うものだと思っていたから。誰も私に役のキャラクター作りをするようになんて言ってくれなった。それまでは、私が台詞をいうのに、「もうちょっと早く言って」とか「もうちょっとゆっくり」ぐらいしか監督してくれなかった。だから、この映画を撮った事は私の中で本当に新しい体験だったの。それまでは役者という仕事は馬鹿がやる仕事だと思っていたからね。誰かが書いたものを、ただ繰り返すだけなんて、馬鹿馬鹿しいと思っていたし。
 
だからどこだったか、レストランでね。気付いた瞬間があったの。その場で何も差し出すものがない自分に、本当の意味で始めて気付いた瞬間。全身が汗びっしょりになったわ。それは物凄い興奮状態だった。私はご飯も食べれなくなって、眠れなくなってしまったのよ。
 
「人生の転機」ジョディ・フォスター 
 mattybing1025のテキスト翻訳 by chyoro

chyoro:

「タクシードライバー」に配役されたときは、私はすでにロバート・デニーロやマーティン・スコセッシよりキャリアがあった。私は3歳の頃から仕事をしていたから。その時12歳だったけど、あの頃はもうすでにベテランの気分でいたわ。

 

デニーロはフィルムを回す前に、私を脇に連れて行くの。いつもホテルまで迎えに来ていろんな場所にディナーに連れて行ってくれたわ。最初は基本的に何も言わないで。ただごにょごにょと独り言をいっているだけ。2度目になると、台詞を私と一緒にいうようになるんだけど、これが物凄く退屈。だって私はとっくに台詞を覚えていたし。三度目にもう一度台詞を一緒に合わすんだけど、これが本当に退屈でね。でも4度目の台詞合わせでは、場面の中で突然全く今までとは違うアイデアで台詞から外れていっちゃうの。クレイジーな事をどんどん言って、私に即興でついて来いと頼むのよ。

 

そんな風にオリジナルの脚本から始めて、デニーロが脚本から外れながらもギリギリの線でストーリーをなぞっていくのに私がついて行かなければならなかった。そして最初にやった台詞合わせで覚えた最後の台詞三つ分になんとか彼を引き戻すように場面の流れの隙間を探すのが私の仕事になっちゃったのよ。

 

それは、私にとって神の啓示ほどの大きな発見だったわ。それまでは役者であることは、ただ自然に役を演じて、誰かが書いた台詞を言うものだと思っていたから。誰も私に役のキャラクター作りをするようになんて言ってくれなった。それまでは、私が台詞をいうのに、「もうちょっと早く言って」とか「もうちょっとゆっくり」ぐらいしか監督してくれなかった。だから、この映画を撮った事は私の中で本当に新しい体験だったの。それまでは役者という仕事は馬鹿がやる仕事だと思っていたからね。誰かが書いたものを、ただ繰り返すだけなんて、馬鹿馬鹿しいと思っていたし。

 

だからどこだったか、レストランでね。気付いた瞬間があったの。その場で何も差し出すものがない自分に、本当の意味で始めて気付いた瞬間。全身が汗びっしょりになったわ。それは物凄い興奮状態だった。私はご飯も食べれなくなって、眠れなくなってしまったのよ。

 

「人生の転機」ジョディ・フォスター

 mattybing1025のテキスト翻訳 by chyoro


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凄くモチベーションの高そうな人にどうしたらやる気を保てるか訊いたら、モチベーションに頼るのは堕落の始まりだから、やるべき事をこなす機械になれって言われたっけ。

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これまた回ってきたか。いつもどうもありがとう。

(via nakano)
ツイッターを見ていると、エジプトがあそこまで人権を蹂躙していた国だったことを知らなかった我々にも責任があると言っている人がいた。実際、 ムバラク政権で行われていた数々の所業は、今回のデモがネットを通して世界中に流れるまで、ほとんど日本では報道されていなかった。
次々と出てくる弾圧と圧政、長期にわたる非常事態宣言、市民への残虐な対応、外国人報道陣への陰湿な拘束などを見て、驚いている日本人は多いだろう。

エジプトはこんな国だったのかと。

それでも、彼の人のように、「中東はしょうがないんだ」と言い張る人は少なからずいる。原因は色々あるだろう。

「イスラム原理主義の過激派を押さえ込むために多少の圧政はしょうがない」
「あの地域が崩れたらイスラエルとの間で火薬庫が火を噴く」
「ムバラクと米国の体制がいつまでも続けば良かったのに」
「石油はどうするんだ。何でもいいから治まってくれないと困る」

しかし、本当にそうだろうか。本当に「しょうがない」のだろうか。知らなかった我々は知った今、ぎりぎりまで知恵を絞っているか。
uinyan:

via livedoor.2.blogimg.jp
エジプトもいよいよ始まりましたね。どうしてこのタイミングでって、その最大の引き金となったのはチュニジアのジャスミン 革命の成功でしょうね。エジプトはアラブのリーダー的存在なんだとゆう自覚が強いですからね、チュニジアに出来て、自分達にできないなんていうのはプライ ドが許さないでしょう。そもそも、Wikiリークスによるチュニジア上層部の贅沢三昧の暮らしぶり暴露がきっかけで起こったこのジャスミン革命、革命に至 るまでにtwitterやFacebookでデモの呼びかけが行われるなんて、皮肉ですよね、エジプト革命も同じですが、アメリカで生まれたソーシャル ネットワークを駆使して、結局親米政権を打倒しようとアラブの人々が団結したのですから。
でも、まぁ起こるべくしておきた革命なんですよね。だい たい三十年も政権を握ってる大統領がいる事自体が不自然なんですから。物心ついた時からずっとムバラクでしたよ。しかも、街の一角に掲げられた大統領の写 真はたぶん就任当時の物から変わってないと思う。83歳の割に若く見えるのは何度となく繰り返された整形と、下からのライティングのおかげかとおもう。
そもそも、日本でまともにアラブを解説してくれるような報道は今までも少ない、そしてこの場に及んでも、アラブの情勢をうまく伝えられる報道機関が無い訳 で。アラブについて研究してる人は少なく無いはずなのにね、なんで、なんにでも解説するような人にコメントさせてんの?信用できる情報ではないですよ。私 の母が日本で国際政治の博士号を取ってまして、わたしも少なからず母の影響をうけて育ちましたので躊躇する事なく言わせていただきますけど、そもそもこの 革命、エジプトの
民主化運動なんて言葉で軽く繰られても、それでは深いところは読めませんよ。エジプトは他のアラブ諸国に比べたらただ一点を除い ては不自由なく生活している国ですからね。はっきりいいましょう、ムバラクは確かに長年政権を握ってきたので独裁政権です。しかし、それはアメリカの作っ た親米政権による独裁であるわけで、国民はその親米による独裁に憤慨しているのです。それはなぜ独裁政権である同じアラブの隣国リビアではこの時期に革命 が起きないかとゆう理由が物語っています。要するに民主化を求めているならリビアでも同じように革命が起こっておかしくないですよね?つまりこれは民主化 運動とは違うんです。親米政権にウンザリなんです。リビアはちなみに反米政権です。
エジプトは対外的に良い面をしていますが、本当に外国人ばかりが優遇されていて、国民は虫けらのように扱う国です。極端な話、外国人の方が仕事に就きやす くでエジプト人はあぶれてるなんてこと、ほんとに過言ではないくらい。わたしもいく度となく大使館で不快な思いをしています。大使館に働いている外国人ス タッフは高い給料をもらっていながらエジプトのために積極的に働いてもいない、それを嗜めると、エジプト人スタッフが外国人をかばい、同じ国民をバカにす る。エジプトの政府の態度がまさにそれ。そんな事があたりまえの国だったんです。だからそれに不満を持ち度々旅行客を狙ったテロも起きたんです。エジプト 政府に、海外ではなく、国民に目を向けて欲しい、または今の外国に媚び売る政権にダメージを与えるためにテロが起きていたわけです。
今回のムバラ ク政権後、はたして誰がリーダーになるのか、いちばんかたずをのんで見守っているのがアメリカでしょうけど、なんてたって、デモを抑え込んでしまったら各 国の民主化を進めよと非難し攻撃をしてきたこれまでの姿勢に矛盾がおきますから、ヒヤヒヤしながらも民衆を支持するなんて心にもない態度しちゃって。その 見返りに反米政権が誕生しようもんならどうしましょうと心配で仕方ないでしょうね。野党であるムスリム同胞団の事が度々メディアで紹介される際に、この同 胞団を過激派とイコールに誤解して解説する人がいますが、ちゃんと勉強した上で話をしていただきたい。それに足元すくわれて知識の無さが誇張されてしま
い ますよ。日本語でもアラブの政治の本を読めば書いてあるが、ムスリム同胞団は孤児院や病院などを設立し古くから民衆をサポートしてきた団体、組織であっ て、過激派とは全く異なる。むしろムスリム同胞団をアルカイダなどのように扱って世界にその誤解を広めたのはアメリカ。その方がアメリカに取って都合がよ かったから。イスラムはテロだ、アルカイダなどとゆう単純かつ幼稚な思想をメディアを駆使して無知な人間に植え付けたことで、アラブの立場を窮地に追いや り、中東での立ち振る舞いを世界に納得させてきたんだから。まぁ、でもそんなアメリカのパワーバランスももう崩れてきているわけで、その証拠にいまアラブ の火薬庫から次々に噴煙が上がっているにもかかわらずそれを消火できずにいる。わたしはまさに世界地図が描き変えられる瞬間を目にしているようで身震いの 連続なわけだが。
今まさにミダン・タハリール(解放の広場)で100万にも及ぶ民衆が新たな歴史の一頁を塗り替えようとしている。わたしはこの人々を見るとき、わたしの生 まれる前ではあるが、かつて記録映像で見たナーセルの死を悼む群衆と重なった。あの時と目的は違えど、エジプト国民が一つになった事がどれだけの重みを持 つのか、今この時代に、これだけの人間が情報を遮断されてもなを一つになれる事がどれほどの意味を持つのか、世界中に問いかけているようでならない。
最後にエジプトに旅行にきたにも関わらず観光もできる状態ではなく、さらにはホテルに缶詰、空港で足止めとなった方々には大変心を痛めています。帰国され たあるご婦人が、『またしばらくして落ち着いたらエジプトに行きたいです』と空港でインタビューに応えてらっしゃいました。その言葉はエジプトにとってど れだけの勇気と励ましであるでしょう。感謝の気持ちで涙がこぼれました。エジプトを愛して下さる方々のためにもエジプトは生まれ変わって自らの力で立ち上 がりもう一度みんなが訪れたい国にならなきゃなと思うわけです。エジプトを愛して下さる日本の皆さんほんとに有難うございます。
現在、エジプトには母と妹が里帰りしています。母はこの歴史的な瞬間の経緯をエジプトで見守りたいという事なので予定を変更してしばらく日本には戻らない そうです、といっても、空港がパンクしてますし。ネットはまだ遮断されていますがようやく携帯も繋がり通話状態は良くないですがなんとか連絡が取れるよう になりました。
一日も早くエジプトに平穏な日々が戻るよう遠い日本から願うばかりです。これ以上人々の血が流れることがありませんように。